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<院長のブログ>

 

 

< 夏来にけらし >

ことしは何でも「せっかち」なものが多いような気がします。

「そろそろ桜かね?もうすぐ牡丹だね」などと、花の咲く季節に昔からの季節感がありますが、ことしは特別なのか、すべてが早い!!かと思えば梅雨入りが遅くて、夏のような日々が続いたやおら後に「梅雨入り」らしいとか。日本の梅雨は、昔から「しとしと雨」が定番ですが、ここ数年、すっかり気候変動なのかまるで亜熱帯性気候のような感じですね。雨が降らない日々が続き、降ったと思えば豪雨で災害をもたらすようなたちの悪い雨です。歳時記はことごとくずれ込み、あるいは早まり、もうメチャクチャな最近です。これじゃ、作物も育たないし、農家の方々はさぞやご苦労されるだろうな、と思います。

私は梅雨の季節、そろそろ夏が恋しくなる頃、京都にいれば必ずと言っていいほど、鮎を食べるのが大好きです。琵琶湖でも近郊の川でも獲れた場所は問いません。新鮮な鮎のあの「西瓜の香り」がほんとうに夏が来るんだなと実感させてくれるのです。その香りを放つ鮎は藻など餌の豊富な清流で育ったものでしか聞くことはできません。

「こんなんええ鮎、やはり焼きでっしゃろな」と店の主人の熾す炭火で様子をみながら焼いていただくのは、格別です。京都でも北の貴船や高雄は水がきれいですから、そんな清流で泳いでいたものですよなどと言われれば、ご機嫌です。ほろ苦いワタ(内蔵)もお酒が進みますし、一尾いただくと鮎のいのちを分けてもらうという切なさと感謝でひととき胸がいっぱいです。儚いけれど、精一杯、生きてきた生命を「旬」というタイミングで分けてもらえる。人間はほんとうに幸せな生き物でもあります。自然に恩返しをしなきゃいけないですね。

カリッと焼けた尻尾まですべて美味しく食べて、骨だけが残る皿にはもう夏がそこまで来ているような幸福感をいつも覚えます。「はしり」「旬」、「名残り」季節の移ろいを大切にして食材にも最大限の賛辞を与える日本人の感性をいつまでも失いたくないものですね。