- コラム -

/ リンクサイト

<院長のブログ>

<戦友、そして恩師 >

20年ぶりに旧知の人に会いました。私がインスブルック大学の客員として渡欧し、それまでのアメリカ一辺倒だった日本の歯科医学分野の疑問に対する答えを持ち帰って間もなく、その先生に出会いました。私が主宰する勉強会のドクターを通じた紹介でお会いしたのが、その方で神奈川歯科大学の矯正学教授だった佐藤貞雄氏です。それまで何の疑問も持たず、自動的に第一小臼歯の抜歯をする歯列矯正の世界を疑い、むしろ咬合学からのアプローチよって、何故、抜歯がいけないかを解き明かそうとしていました。私が持ち帰ったヨーロッパの一元論にもとづく矯正や歯科全般の診療体系を大学教育の現場に持ち込み、膨大なデータをとることで日本人に合ったやり方を模索しようという点で私と完全に一致していました。

しかし、当時は歯科医療の世界も権威主義の名残りが根強く、そうした新風はシャットアウトされることになって佐藤先生はじっと症例数を重ねることで実績としてのデータを学会や講演会で広く示すことで徐々に認知されることになりました。私の診療室まで毎月、出かけていただいて患者さんの矯正治療にあたってくださり「勘どころ」を惜しまず教えてくれました。そういった意味でも私にとっては恩師であり、また、逆境を乗り越えて現在の歯科医師たちの認識を変える臨床的なエポックを一緒に作り上げてきた戦友でもあります。

この20年は短くも長い年月でしたし、今もまだ日々の臨床の中で私は少しでも良い治療が出来ないかと日々もがいているのです。佐藤先生はその年月、欧米で数多くの講演やセミナーを続けてきました。そして、大学の学長に就任され、4年のあいだに色々と制度改革や大学教育の向上に尽力されてきたのですが、コロナという状況の中、臨床の第一線からは身を退かれ後輩たちの指導に専念しているようです。じつは、彼との再会を実現してくれたのも私の診療室の技工をお願いしている長谷川篤史氏です。コロナの収まらない中、三人で会うことは足かけ2年がかりとなってしまいました(笑)長谷川氏もまた、オーストリアで咬合を学び、我々の共通する顎や噛み合わせの考え方にもとづいた歯科技工を職業にする当代一流の技工士です。

3人の再会は昔話だけではなく、これからの歯科医学、教育、臨床、など多岐にわたる共感を得てひとときがあっという間の出来事になっていました。横須賀の街もすっかり夕闇になり、感じる浜風はなぜか優しいのでした。