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<院長のブログ>

<夏の風景>

夏といえば、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。

かき氷、冷えた西瓜、アイスクリーム、風鈴、などの定番もさることながら、もう少し大人になると冷たいビールと枝豆、冷や奴、素麺、あたりに変わってくるかも知れません。子供のころ、東京では気温が30℃っを越えると猛暑でしたが、今や35℃が基準になりつつあります。温暖化といいますが、じつは地球が大きく氷河期に入っている現象だとか。しかしながら、暑さは好き嫌いがあるにせよ、我慢できるものとできないものがあるようです。つまり、熱波を伴うような湿気に満ちた風はけっして夏の暑さを和らげてくれるものではなく、むしろ人間が蒸し焼きになっているような錯覚さえ覚えます。

日中の暑さも夕方のゴロゴロっという雷鳴と暗雲立ちこめた後に来る夕立の雨で、しばらくのあいだ涼しさを感じたのはいつの頃まででしょうか。庭先の縁台に座り、近所の子供やお兄さんと将棋を指したり、近所の道ばたで漬物樽にズック布を張ってベーゴマしたり、日が暮れるまで大汗をかきながら真っ黒になって野球をしたりしたものです。おセンチになるわけではないのですが、とても懐かしいのは私だけでしょうか。鉄管ビールと称して、公園の蛇口から水を腹いっぱい飲んだり、友達の家で出してくれた麦茶の冷たさ、ひとかけらの西瓜やアイスキャンディーの感触が今もすぐよみがえってきます。ほんとうに無邪気で、質素で、精一杯の毎日でした。

大人になれば、酒もタバコも覚え、食べるものも変わりますが、江戸の昔から人々は「涼」をとることが夏の風情であり、その食や住、佇まいは風物詩となっていきました。女性の浴衣姿、片手に団扇、下駄の軽やかな音も夏らしい。皆で連れ立って「ほおずき市」「朝顔市」にそぞろ歩きをしたり、屋台でつまみ食いをしながらブラブラと帰ってくる。家に入る前には必ず、足を洗うか、拭くかしたものです。ついでにひとっ風呂浴びちゃいなさいよ、なんていう時も。そうして夕闇に皆がぐるっと集まりながら、子供から大人まで花火をしたものです。

寝苦しい夜ですが、蚊帳を吊り、蚊取り線香をたいて喉をヒリヒリさせながら寝たものです。何から何まで不便で、不快な夏の季節でしたが、なにかとても淋しく懐かしいのです。もう、戻れないし、戻ることもできないのは分かっているんですが、江戸の夏のいなせで粋な風情は遠い記憶になりつつあることが哀しくもあります。