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<院長のブログ>

<蝉しぐれ>

毎朝、通勤の途中に比較的大きな森林があります。

今年もまた、夏の盛りになって蝉の声が聞こえ始めたなあと思ったら、とめどなく鳴き声がその森を覆いつくすように拡がってきます。蝉しぐれといわれる真夏の風物でしょうか。

七月は、アブラゼミ、ミンミンゼミ、八月の後半から秋めくとカナカナ、ツクツクと種類が替わってきますね。

子供のころ、夏休みはほぼ、毎日、朝ご飯を終えると、麦わら帽子で虫取り網とカゴをもって外へ飛び出していたものです。バッタ、蝶、セミ、トンボとカブトムシ。日が暮れるまで走り回って汗をかきながら虫を追いかけていたのを思い出します。東京にも自然はいっぱいありました。小川が流れているところに花が咲き、蝶が飛んでいました。水たまりができるとトンボが飛び始め、それを狙って子供たちが竹の細い棒の先に取りモチと呼ぶガムみたいなものを付けて捉まえるのです。それも技術がものをいう世界で、モチを付ける部分を間違えると、トンボのカラダを壊すことにもなるのでたいへんです。オニヤンマも珍しいとはいえ、よく捉まえたものです。道路もまだ舗装されていないところが多くて、夕立の後は打ち水をしたような涼しさが風に通うものでした。

やがて、経済のため、という名のカネ亡者たちが東京に高層ビルを建て初め道路整備といって、どんどんアスファルトの工事がいたるところで始まりました。オリンピックは日本の戦後復興のシンボルだと政治家が声高に宣言すると、水の都だった江戸は水路の上に高速道路を敷かれ、瞬く間に東京という彼らの言う近代都市へ急変したのです。そうして、私が育った懐かしい町には虫たちの居場所がなくなりました。生態系は崩れ、もう住むところを無くした彼らは、東京にいなくなっていきました。自然の営みと移ろいを子供心に肌で感じて理解することのできなくなった東京の子供たちは、高度成長期をむかえて学校の成績だけが人間の評価と資格を決めるという社会の価値基準に必死でしがみつくように学習塾に通うことしかしなくなったのです。自然を学ぶ機会はなくなりました。虫を触ることもできなくなりました。自分たちが自然の中の一員であることも分からなくなってしまいました。

大きな森をもつ「石井の大門」。こう呼んでいた虫取りの楽園がありました。個人の所有だったそこは、千坪以上あったでしょうか、子供たちがこっそり入って、木をよじ登り、セミを捉まえ、足元のカマキリに驚き、笑って汗をかいて、泣いて。数年前、その場所をノスタルジーで訪れてみました。「このあたりだったよな…….え、この角には神社があったと思うんだけど」すっかり、様変わりしていました。大きなマンションが立ち並び、道路は立派に舗装され、神社は申し訳なさそうにひっそりっとまだそこに残っていましたが。

あの時の日々を思い出してその場所に立った私は、ひとりで涙があふれてきて、夕暮れの中に溶け込んでしまいたい気持ちで帰路を歩き始めていました。