<院長のブログ>
<アップデート>
日本には八百万の神さまという考え方があります。
八百万とは数字のことではなく、数えられないくらい多くのという比喩表現ですね。生まれたらお宮参り、お食い初め、七五三、から始まり、成人式、結婚式まで神社でのお付き合いがあります。しかし、これだけではなくクリスマス、やがては、お亡くなりなると仏教のお寺でのお世話にもなることが多いのも事実です。つまり、日本人にとっては、特定の宗教に偏らず、それぞれのいいところを取り入れて自分たちの生活がより良くなるようにしてきたわけです。
2600年以上の歴史を持つ日本という国は、もとより多民族が融合して出来上がった集合体であり、殺し合いの果てに一つのチカラが独裁的に国を動かすのではなく、調和をもってお互いが成り立つように暮らしてきたのです。ですから、神社もあれば、お寺もある。教会もあればモスクもある。こんな平和で共存できる民族は世界にも稀有ではないでしょうか。
ところが、昨今、少子化による人口の減少によって労働力が低下したから日本の国力が急落したとか、地方経済は若者が出ていくことで疲弊しているのだとか、もっともらしい経済学者や経済団体の意見が大声で日本中に響いています。ほんとうにそれが原因なのでしょうか?少子化を外国人の移民で補おうとする試みは、すでにヨーロッパをはじめ各国で失敗しました。そして、その国にあった伝統的な文化や歴史が否定されて破壊され、とんでもない事態になっているのです。それを横目で眺めて、日本が同じことをしようとしても成功するはずがありません。
なぜなら、日本の国がもつ融和、友和の精神は、特定の宗教や支配者によって決められてきたことがなく、みんなのコンセンサスという合議制にも近い風習、文化醸成を2600年以上、繰り返してきたからです。自分が大切にしてもらいたいなら、相手にも敬意を払うのが人としての原理原則です。ひとつの主張、宗教、神。権力者に牛耳られる国の在り方は、日本には合っていません。それぞれがもつ文化的な背景や習慣などを尊重したうえで皆が向上できるような方向性をめざすべきです。もし、それをしたくないけれど、自分たちの主張は曲げない、理解しようとしない、学ぼうとしないのであれば、共存共栄は不可能ですし、先人たちが血と汗と苦しみに耐えながら国土を整備したインフラをヒョイっと来てタダ乗りすることは許されません。
少々、きびしい言い方になりましたが、どこの国でも一緒に汗を流し、飯を食べ、泣き、笑いながら生活するのが仲間というものです。日本だけもっと寛容になれ、もっと無条件に受け入れろ、は通用しないのです。私たちが新しい時代にアップデートする一方、共生したいと日本に来る人たちも自分の生き方をアップデートしていただかなくてはなりませんね。インバウンドに大喜びして国民の生活がそっちのけになるのは本末転倒です。